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こんにちはキャリーライフ中川です。

敬老の日には、花やお菓子を贈ったり、一緒に食事をしたりする方も多いと思います。でも今年は、贈り物とは別に、親の昔の話を一つ聞いてみるのもいいかもしれません。

長く家族でいても、父や母が若かった頃のことは意外と知らないものです。昔の写真を見ながら「これはいつ?」と聞くだけでも、自分が知らなかった親の仕事や暮らし、家族の記憶が出てくることがあります。写真や物は後から残せても、その意味を知っている本人から話を聞ける時間には限りがあります。

敬老の日を、感謝を伝えるだけでなく、「親のことをもう少し知る日」にしてみてはどうでしょうか。

目次

1.家族でも、親の昔を意外と知らない
2.高齢になるほど「話す機会」にも差が出る
3.昔話は、写真や家の中にきっかけがある
4.聞いた話を少しだけ残しておく

普段、親とどんな話をしているでしょうか。年齢を重ねると、「体調はどう?」「病院には行った?」「買い物は大丈夫?」など、今の暮らしを確認する会話が増えてきます。

もちろん、それも大切です。一方で、父や母が自分と同じくらいの年齢だった頃については、あまり聞いたことがない人もいるでしょう。どんな仕事をしていたのか。初めて買った車は何だったのか。夫婦はどこで知り合ったのか。今の実家を建てたとき、どんな暮らしを思い描いていたのか。

親は最初から「お父さん」「お母さん」だったわけではありません。一人の人として何十年もの人生があり、その中には子どもが知らない時間があります。敬老の日は、それを少し知るきっかけにもできます。

内閣府の「令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査」では、65歳以上の72.5%が「毎日、人と話をする」と回答しています。

一方、ひとり暮らしの人では、「1週間に1回未満・ほとんど話をしない」が14.7%でした。全体では6.0%なので、暮らし方によって人と話す機会には差があることが分かります。これは、「高齢者にはもっと話しかけなければならない」という単純な話ではありません。

ただ、離れて暮らす親との会話が、連絡事項だけになっていないかを考えるきっかけにはなります。

電話をしても、「変わりない?」「大丈夫」「じゃあまたね」だけで終わることがあります。

そこに一つ、「そういえば、お父さんが初めて働いた会社ってどこだった?」と加えるだけで、いつもとは違う会話になるかもしれません。

「昔の話を聞こう」と構える必要はありません。話題は、実家の中にたくさんあります。

たとえば、昔の家族写真、古い免許証、表彰状、仕事で使っていた道具、長年飾ってある置物。

それを見ながら、

「この写真はどこで撮ったの?」

「最初に乗った車は何だった?」

「この表彰状は何でもらったの?」

「この家を建てた頃は何歳だった?」

「昔、この辺りはどんな町だった?」

と聞いてみるだけです。

一枚の写真から、新婚旅行の話が始まるかもしれません。古い免許証から、初めて買った車や家族旅行の話につながるかもしれません。実家そのものから、「家を建てた当時はお金がなくて大変だった」という、初めて聞く話が出てくることもあります。

こうした話はインターネットで調べても出てきません。

その家族にしか残せない情報です。

昔話を聞いたら、すべてを文章にまとめる必要はありません。「この写真は昭和○年頃の旅行」「父が初めて買った車」と、スマートフォンに一言メモしておくだけでも違います。

写真に写っている人の名前を聞いておくのもよいでしょう。何年か経ってアルバムを見返したとき、「誰だろう」で終わる写真と、「これは母の学生時代の友人」と分かる写真では、残る意味が違います。これは実家にある物についても同じです。なぜ取ってあるのか分からない物でも、本人に聞けば大切な理由があるかもしれません。

反対に、「これはもういらないよ」と本人が教えてくれることもあります。

将来の片付けのためだけに聞くわけではありません。今、その話を一緒に聞けること自体に意味があります。

敬老の日というと、何を贈るかを考えることが多いと思います。今年はそこに、親と話す時間も加えてみる。昔の写真を一枚開いて、「これ、いつの写真?」と聞くくらいで十分です。

そこから、自分が知らなかった父や母の若い頃、仕事、家族、実家の話が出てくるかもしれません。写真や物、家は残っても、その背景にある記憶までは自動的には残りません。

本人が元気で話せる今だから、聞けることがあります。

今年の敬老の日は、感謝を伝えるとともに、親のことを一つ知る日にしてみてはいかがでしょうか。

つづく